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学校生活

行事別レポート&フォトギャラリー(2016年4月~2016年5月)

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2016.5.26

花まつり

5月26日(木)に花まつりが行われました。花まつりの日は、生徒や教職員が花を持ち寄り、体育館の御堂にきれいに飾ります。お釈迦様の誕生と大谷学園の開校をお祝いするこの日に、法話や感話を聞いて「いのち」について考えます。

本日の法話は、木古内町の圓照寺住職の仁禮秀嗣様にお話をいただきました。

『私たちは遙か昔から「何のために生まれ、何を求めて生きているのか」を考え、自らと向き合いながら仏様に手を合わせてきています。仏様に教えていただかないと分からないことがあるものです。御堂に飾られているお花は、「命いっぱいに自分の花を咲かせてほしい」というお釈迦様からのメッセージです。ぜひこの花まつりという機会に、このメッセージを受け取ってください』

また、中学生代表の感話は藤原菜々花さんが以下のような話をしてくれました。

『私は今回、感話をさせていただくにあたり、「いのち」について考え、とても悩みました。なかなか答えに辿り着くことができなかったので、辞書をひいてみました。すると、いのちとは「生物が生きている限り持ち続け、死とともに消滅するもの。すべての活動の源泉となる」と書かれており、「なるほど、確かにそうだ」と思いました。と同時に、「あるかないかという変化だけの、薄っぺらいものなのか」と疑問を持ちました。その疑問をきっかけに考えが2つ浮かんだのです。

1つ目は「いのちはいのちに支えられて存在している」という考えです。例えば、私たちが生きていくうえで必要な酸素や水は地球といういのちの源や、自然という大きないのちによって存在しています。私たちはそれらを吸収して生きているわけですから、「自らのいのちを存在させるために、とても大きないのちに支えられている」ということになるのではないでしょうか。

2つ目は「いのちはこの世から形らしい形が消えても、いのちそのものが消えることはない」という考えです。私という存在は必ず父と母のいのちを受け継いでいます。しかし、それだけではなく、祖父母のいのち、もう亡くなられているご先祖様のいのちの集大成が私といういのちになり、私をここに存在させてくれているのです。つまり、その人のいのちがこの世から消え去っても、きっと誰かのいのちとなっているということが言えるのです。

今回の感話を考えるにあたって、「あなたのいのちはあなただけのものではない」という言葉は、「沢山のいのちに支えられている」ということを意味しているのだと自分なりに解釈することができました。ただ、それを当たり前に思ってしまっていることも事実ではないでしょうか。だからいのちや自然を汚したり無駄にしたりしてしまい、社会問題や環境破壊といった問題が発生してしまうのだと思います。

私は自分自身を生かしてくれる全てのものや、私といういのちを存在させてくれたご先祖様に感謝をして、今という時間を大切に生きていきたいです。

最後に私がひいた辞書の話をします。短くまとめるのはすごく難しいのですが、もしも私が辞書に「いのち」という言葉の意味を載せるなら、「一人一人が必ず持っていて、いのちに支えられて存在している。たとえこの世から形らしい形が消えても、いのちそのものが消えることはない」と書きたいです。

皆さんなら、「いのち」という言葉にどのような意味を持たせたいですか?』

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